大津地方裁判所 平成5年(行ウ)2号 判決 1997年11月17日
<1><2>原告 姜富中
<1>被告 国
<2>被告 厚生大臣
代理人 久留島群一 新田智昭 小笠原正喜 西尾昭彦 高橋信幸 清水進 村上武志 北村繁隆 児玉光裕 ほか二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 被告国は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告厚生大臣が、原告に対し、平成六年一月七日付けをもってした戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)に基づく障害年金請求の却下処分(厚障年却下第〇〇〇八〇七号)を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 1項及び3項につき仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、本籍地を大韓民国(以下「韓国」という。)に有し、日本に在住する原告が、第二次世界大戦当時、旧日本国海軍の軍属として勤務中に負傷したとして、右負傷に伴う障害に関し、(一) 国際慣習法違反、(二) 民法七〇九条、(三) 国家賠償法一条一項(現在まで援護法により日本国民が受けているのと同様の補償を受けうるような立法措置又は援護法附則二項により生じた不平等状態を解消するような立法措置を行わないという立法不作為)に基づいて、被告国に対して損害賠償(慰謝料)を求めた事案と、援護法に基づく障害年金請求をしたところ、被告厚生大臣が、同法附則二項の「戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」とするいわゆる戸籍条項の規定により、戸籍法の適用を受けない在日韓国人の原告には同法の適用がないとして右請求を却下したので、原告がこれを不服として、右却下処分の取消を求めた事案である。
二 争いのない事実及び証拠により認定できる前提事実
原告は、大正九年五月七日朝鮮慶尚南道固城郡下二面鳳里一〇九番地にて出生し、一四、五歳のころ、日本国三重県津市に移り住んだ。原告は、昭和一七年一一月末ころ、国民徴用令により徴用され、日本海軍の軍属として呉海軍建築部普通工員に採用され、第一九設営隊に派遣されて南方で飛行場建設作業に従事した後、第三二設営隊の警備勤務となったが、昭和二〇年二月一三日、右勤務中に敵戦闘機の機銃掃射を受け、右手の母指を残して他指を全部切断し、右目瞼下部に機銃弾破片を受け、右目の視力を殆ど失う重傷を負った。復員後、土木建設業や養豚業などを手がけたが、現在は引退して住居地に居住している(以上につき、争いのない事実、<証拠略>)。
原告は、平成五年九月三〇日、被告厚生大臣に対し、援護法に基づく障害年金の支給を請求したところ、平成六年一月七日、被告厚生大臣から障害年金請求を却下する決定がなされ(厚障年却下第〇〇〇八〇七号)、その旨の通知がなされた。
右却下事由は、「援護法附則二項(戸籍法の適用を受けない者)の規定により同法の適用は受けられない。」というものである。
原告は、平成六年四月二二日、被告厚生大臣に対し、右却下処分に対し、異議申立を行ったが、平成七年一月一一日、異議申立を棄却する決定がなされ(厚生省収社援第一号)、同月三一日その旨の通知がなされた(以上につき、争いのない事実、<証拠略>)。
三 争点
1 被告国に対する損害賠償請求権の成否について。
(一) 国際法違反に基づく請求が認められるか。
(原告の主張)
被告国が、朝鮮に対する植民地支配の一環として、原告を含む朝鮮人を日本軍の軍属として強制的に徴用したことは、奴隷的な強制労働であり、朝鮮人に対する人種的迫害に他ならず、人道に対する罪に該当し、違法である。
人道に対する罪とは、「犯罪の行われた国の国内法に違反すると否とにかかわらず、本裁判所の管轄に属するいずれかの犯罪の遂行としてまたはこれに関連して行われるところの、戦前または戦時中における、あらゆる一般住民に対して犯された殺人、殲滅、奴隷化、強制的移送およびその他の非人道的行為、もしくは政治的、人種的または宗教的理由に基づく迫害」である(国際軍事裁判所条例六条IIC、極東国際軍事裁判所条例五条IIC)。人道法は、一八六四年のジュネーブ条約に始まり、その後の一九〇六年のジュネーブ条約、一九二九年のジュネーブ条約と発展し、一九〇七年には「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」(ハーグ条約)が締結され(ハーグ条約については日本も一九一二年に批准している)、第二次世界大戦当時既に人道法が国際慣習法として確立していたことは明らかである。そして、確立した国際慣習法は国内的効力を有するものであるから、被告国は国際慣習法違反に基づき原告に対し損害賠償の義務を負う。
(被告国の主張)
「人道に対する罪」の違反行為は、行為者個人の国際刑事責任が追及されるという効果を有するにすぎず、違反行為者個人の所属する国家の民事的な責任を基礎付けるものではない。
さらに、国際慣習法としての成立が認められるためには、国家実行が反復され、不断かつ均一の慣行となっているという事実が認められなければならないが、人道に対する罪に違反する行為をした者を構成員とする国家が、右違反行為によって被害を受けた個人に対して直接損害賠償責任ないし補償責任に基づく金銭支払等を履行するといった国家実行が反復され、不断かつ均一の慣行となっているという事実は認められない。したがって、右国際慣習法の成立を前提とする原告の主張は、「人道に対する罪」に該当する行為があったか否かを論じるまでもなく、主張自体失当である。
(二) 民法七〇九条に基づく請求が認められるか。
(原告の主張)
原告に対する被告国の第二次世界大戦当時の強制徴用行為は、国際慣習法違反として違法であり、国際法の解釈は国内法の解釈においても当然に指針とされるべきである。したがって、朝鮮に対する植民地支配の一環としての右強制徴用行為は国内法的にも違法である。そして、これにより原告は右損害を負ったのであるから、民法七〇九条の不法行為に該当し、被告国は原告の損害を賠償する義務を負う。
(被告国の主張)
国家の権力的作用について民法は適用されない。また、国家賠償法施行以前においては、一般に国に損害賠償責任を認める法令上の根拠がないのであるから、日本国憲法施行前における国の公務員の違法な公権力の行使について、国に責任がないことは明らかである。よって、主張自体失当である。
(三) 国家賠償法に基づく請求(立法不作為による被告国の責任)が認められるか。
(原告の主張)
(1) 被告国は、敗戦後も援護法に国籍条項を設けた上、サンフランシスコ平和条約(以下「平和条約」という。)の発効により、選択権すら与えず一方的に原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)の日本国籍を喪失させた。しかも、援護法の適用を排除するだけのために附則で戸籍条項を設けてまで在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)の被告国に対する正当な補償を受ける権利を積極的に侵害したのである。原告自身は国籍・戸籍条項以外は援護法の全ての要件を満たすにもかかわらず、一九四五年の戦傷後、被告国から何らの補償も、謝罪の言葉の一つも受けていない。
被告国は、原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)の元日本国軍属の戦死傷者に対して国家補償をなす必要があることは援護法の趣旨等からしても明らかであり、補償をしないまま放置することは許されない。
補償の内容についても、援護が必要とされる本質は、死亡または障害の発生原因となる戦争公務が行われた当時に国と一定の身分関係にあったか否かという点に尽きるのであり、かつ原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)は、日本国内に居住し、日本人と同様の義務を負担するものであるから、国籍の有無に関係なく日本国籍を有するものと全く同様の内容となるべきであり、その内容は明白かつ十分に一義的に定まっていると認められる。
したがって、被告国は、原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)に対しても日本国籍を有する者と同一内容の援護のための立法措置を講じた上、具体的に補償をなす義務が存したにもかかわらず、これを五〇年の長きにわたり放置し続けてきた。
被告国の右のような態度は、原告を含む朝鮮人も同じ人間でありながら、彼らに対する人間らしい最低限の配慮と取り扱いを欠くものであり、原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)は被告国から一貫して心身に著しい苦痛を、現在もなお被り続けている。これらは、個々をとっても全体としても原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)に対する不法行為に該当し、被告国は国家賠償法に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 援護法の国籍条項・戸籍条項の解釈若しくは同条項が違憲(違法)無効であることにより原告に年金受給権が存することは明らかである。そして、原告を含む旧植民地出身者に対しても日本人と全く同一の内容の補償が行われるべきであり、したがって、国会ないし行政府の作為義務も一義的に明確だったというべきである。
すなわち、国会は、援護法の国籍条項・戸籍条項による明らかな差別状態を解消するため国籍条項・戸籍条項を削除するか又は旧植民地出身者に対して援護法と同一の給付を内容とする補償立法を制定すべき義務が存したというべきである。そして、このような作為義務は、日韓協定の締結により原告を含む旧植民地出身者に対する年金支給の可能性が閉ざされた一九六五年六月二二日までには発生していたというべきであるし、少なくとも日本が国際人権(自由権)規約を批准し、これが国内で発効した一九七九年九月二一日時点においては援護法等の差別立法を是正し内外人平等を是正しないことは、明らかに国際人権規約上の条約違反(違法状態)となるからである。このように被告国は、原告を含む旧植民地出身者に対する差別が存在することを認識し又は認識し得べきであるにもかかわらず、右に述べた作為義務を怠り、原告に対する長期間にわたる「差別」(違法状態)を放置し、原告に多大な精神的苦痛を与え続けてきたのであり、したがって、被告国に国家賠償法上の損害賠償責任が存することは明らかである。
(被告国の主張)
国会ないし国会議員の立法行為(不作為を含む。)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというがごとき、容易に想定し難いような例外的場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けるものではない。本件のように、原告を含む在日韓国・朝鮮人についての戦後補償立法を行うことを命ずる規定は存せず、在日韓国・朝鮮人についての戦後補償を行うか否かは、極めて高度な政策的判断を要する立法上の事項であるから、例外的に立法の不作為が違法となる場合に当たる余地はなく、それが違法の評価を受けるものではない。
2 被告厚生大臣の却下処分の適法性について(援護法附則二項は無効か。)。
(一) 戸籍条項は失効したか。
(原告の主張)
(1) 援護法附則二項は、「戸籍法(昭和二二年法律第二二四号)の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」と規定している。「当分の間」この法律を適用しないとは、逆にいえば客観的に見て相当な期間が経過した後については附則の規定は失効し、援護法の適用があるということである。
そして、援護法による援護の対象は戦争により負傷または死亡した本人及びその遺族等の関係者を予定しており、援護を受ける権利自体は相続などにより将来にわたって承継されることは認められていないから、一世代程度の期間(平均余命からしても七〇年程度)が経てばもはや援護の対象者は著しく減少し、最終的には存在しなくなる。
とすれば、一九四五年から既に五〇年以上もの期間が経過しており、客観的にみて相当な期間をはるかに経過していることは明らかであるから、援護法附則二項は既に失効しており、原告に適用されないことは明らかである。
(2) 援護法本来の立法趣旨は、そもそも国籍ゆえに援護を与えるというものではなく、軍務を提供したがゆえに援護を与えるというものであり、旧植民地出身者を排除するという考え方は、本来の立法趣旨からは導き出されないどころか、むしろ右立法趣旨からは旧植民地出身者も当然法の適用対象となっていることが前提となっているのである。したがって、援護法の国籍条項、戸籍条項の解釈にあたっても、この法の本来の趣旨を十分に踏まえた解釈がなされるべきである。そして、援護法の制定経過をみると、当時の日本政府は、旧植民地出身者の援護法上の取扱いについて、平和条約の発効までに二国間での取極による何らかの解決を期待しながら援護法の制定作業を進めていったが、最終的に、韓国、台湾との取極が平和条約発効の日までになされないことが確実となったため、援護法に暫定的な規定を置かざるを得なかったのである。そうした暫定的な措置を法律において定めるには附則において定めざるを得ない。すなわち、右の会談と並行して進められていた援護法の制定においては、この旧植民地出身者の取扱いを確定することができなかったので、その二国間の取極が実現し、問題の解決に至るまで、「当分の間」という形で先送りされたのである。したがって、「当分の間」という文言の意味内容は、旧植民地の各国と日本政府との協議により何らかの取極がなされ、問題の解決が図られるまで、という解釈以外にはなし得ないのである。そして、原告を含む在日韓国人戦傷者に対する補償の問題は、日韓請求権協定における「完全かつ最終的」な解決から除外され、その後も二国間での協議、取極による解決が図られる可能性が無くなったのであるから、結局、法制定時において暫定的な措置としてとられた期間は、右日韓請求権協定の調印及び同協定に基づく日本及び韓国における各種立法が完了した段階においては終了したと言わざるを得ない。その結果、援護法附則二項はその存在意義を失い失効したと解すべきである。
(3) 被告は、公職選挙法附則二項、地方自治法附則二〇条一項等の例にならって、「当分の間」を「旧植民地出身者が日本国籍を喪失するまで」という意味に理解すべき旨主張するようであるが、援護法と公職選挙法等の各法令とでは、その制定時期、場面が全く異なる上、援護法と公職選挙法等では、本則である国籍条項の規定の仕方や解釈が異なり援護法においては旧植民地出身者の国籍喪失時期と附則である戸籍条項の「当分の間」とは全く関連性がないので、右主張は失当である。
(4) また、被告は、「当分の間」という法令上の文言は、別途、当該法令の改廃等の立法措置が講じられない限り、当該法令が継続して効力を有する趣旨のものである旨主張する。しかし、これは一般論として失当である。附則が改廃されない限り継続して効力を有するとの一般論は、わざわざ「当分の間」という文言を設けた立法者の意図を全く無視するもので妥当な法律解釈とはいえない。
(被告厚生大臣の主張)
「当分の間」という法令上の文言は、別途、当該法令の改廃等の立法措置が講じられない限り、当該法令が継続して効力を有するという趣旨のものであるから、原告の主張は失当である。
(二) 戸籍条項は憲法一四条に違反するか。
(原告の主張)
(1) 援護法に基づく補償の趣旨は、軍人軍属等国と一定の身分関係があった者が戦争公務により死亡または障害の状態となった場合に、国が使用者の立場から補償するというものである。
したがって、補償するか否かは死亡または障害の発生原因となる戦争公務が行われた当時に国と一定の身分関係にあったか否かにより決せられ、かつその身分関係の有無にのみかかるべきものである。すなわち、戦死傷当時日本政府との間で使用者被用者の関係にあれば、当然に補償の対象となるのであって、援護法の前記趣旨からいっても日本国籍の有無及び戸籍法の適用の有無は、戦死傷当時は勿論、現在それを有するか否かも含めて補償の要否とはなんら関係がない。
したがって、そもそも右戸籍条項は何ら合理性を有さないものであり、憲法一四条の禁止する差別に該当し、無効である。
さらに、国との右のような身分関係に基づき発生する補償を受ける権利と、右身分関係が終了した以降に生じた事由との関係については、個人の意思に基づく国籍離脱のように自らの意思に基づいて権利を放棄する場合は補償を受ける権利も含めて放棄したと言えても、自己の意思に関係なく国籍を一方的に剥奪された場合には補償を受ける権利は剥奪されないというのも当然の事理である。
特に原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)については、強制的に徴用、連行されて日本国内で労働力として酷使されながら、平和条約により、自己の意思に基づかず、国籍の選択権すら与えられず日本政府の一方的通達によって日本国籍を喪失させられたものであり、右歴史的経緯自体が恣意的で不公正であり、無責任なものである。
以上により、援護法の戸籍条項は何らの合理性もないことが明らかであり、原告のような在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)を不当に差別するものとして、憲法一四条に違反し無効である。
(2) 裁判所が、憲法一四条に関する法解釈をなす際、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号。以下「B規約」という。)二六条の解釈が、憲法一四条の法解釈の内容として反映されるべきである。すなわち、日本国憲法九八条二項は、九九条の公務員の憲法擁護義務と相俟って最高法規である憲法の規定に明らかに矛盾するのではない限りにおいて、国政機関に対して憲法解釈においても条約を可能な限り考慮することを憲法上要請していると解される。具体的には、条約が憲法よりも保障範囲を拡大しているような場合、あるいは憲法規定に複数の解釈可能性がある場合には、憲法を条約適合的に解釈することが要請されるのである。そして、B規約二六条に違反するか否かは「合理的かつ客観的基準」という厳格な基準により判断されるべきと解釈されるのであるから、本件に対し憲法一四条を適用する場合には憲法一四条は、B規約二六条に適合的に解釈されるべきこととなり、これによれば援護法における戸籍・国籍条項がB規約二六条に違反し無効なものであり、援護法における戸籍・国籍条項は憲法一四条の規定に違反する違憲の法律であるとの結論が必然的に導かれることとなる。
(3) 被告らが主張する「国の高度に政策的な判断を要する」のは、援護法を制定するか否かという立法自体の場面における問題であり、援護法という立法を行う以上、その立法において特定の者には補償を与え、特定の者には補償を与えないといった別異取扱を行う場面においては立法府の裁量が働く余地はない。被告らは、「戦争犠牲、戦争損害の補償」というように問題の範囲を広げることによって本件の争点を曖昧にしているが、援護法の立法目的は、「一般的な戦争犠牲、戦争損害の補償」ということではなく、「軍人軍属等国家と一定の関係にあった者に対しての補償」であり、そこでの問題の範囲は紋られているのである。したがって、この問題は、あくまで右立法目的との関係において判断されなければならない。そして、「同じ軍人軍属であった」にもかかわらず、政治目的や財政的理由等の国の政策判断によって差別することは許されず、被告らの主張は失当である。
(4) 被告らは、「援護法による援護には、老齢、障害又は死亡等の事由が生じた場合に、軍人軍属等本人又はその遺族を援助するという社会保障的な側面があり、「現在の世界においては、各自に対し、生活の保証ないし援助をするのは、それぞれの国民の所属する国家の責任においてなされることが国際間の基本原理となっている」から、「援護法に国籍要件を設けることには十分合理性がある」と主張している。
しかしながら、援護法本来の立法趣旨が、法文上も「軍人軍属の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償に基づき、軍人軍属であった者又はこれらの者の遺族を援護することを目的とする。」と規定しているとおり(法一条)、軍人軍属等国と一定の雇用関係又は雇用類似の関係にある者を対象に、これらの者の公務上の負傷・疾病・死亡という一定の戦争損害に対して国家補償を行うことを目的としていることは明らかであり、このことは被告らも否定し得ないところである。
援護法の国籍要件の合理性を判断するに当たっては、このような援護法の持つ本来の立法趣旨こそが重視されるべきであり、被告の主張は援護法の一面的な性格のみから国籍要件の合理性を導き出そうとしている点で極めて不当、不合理であるといわなければならない。
仮に、援護法が社会保障的側面を有する制度だからと言ってその支給対象を国民に限定することが一概に合理性を有することにはならない。被告は、援護法による援護が各人に対する生活の保障・援助という側面をも有する旨主張するが、そのような側面があるとしても、それはあくまで側面にすぎないのである。被告の論理によれば、社会保障的側面を有する立法は、その全てについて、一律に国家の構成員であるか否かによって処遇を区別することが合理的ということになってしまうであろう。しかしながら、実際には、これらの社会保障立法のほとんどが国籍による差別を設けておらず、むしろ援護法や恩給法などの援護補償立法のみが例外的存在となっているのである。
既に述べたように、別異取扱いの正当理由として真に「合理的かつ客観的」か否かを判断するに当たっては、制度の核心的な部分がどこにあるかという点こそが最も重要である。
援護法による障害年金は、国籍故に支給されるのではなく、過去の公務故に支給されるのである。すなわち、援護法の立法趣旨が、国と一定の身分関係にあった者に対して国家補償を行うことを目的としている以上、援護の対象とするか否かは国と一定の身分関係にあったか否かという点こそが重要なのであり、国籍の有無は全く重要ではないのである。したがって、援護法の一面のみをとらえ、「社会保障だから国籍による区別が合理的だ」という議論は、そもそも成立する余地はないのである。
さらに、京都地方裁判所におけるシルビア・ブラウン・浜野証人の証言(<証拠略>)及び意見書(<証拠略>)にもあるとおり、第二次世界大戦以後においては、ILO、国連における移住労働者に関する条約・決議や、EU諸国を中心とする多国間・二国間条約及びその判例法(特にEU条約)などによって、社会保障を含む内外人平等取扱いの傾向が明確になっており、今日までの間に少なくとも一定期間在住した外国人については社会保障に関しても内国人と全く同様に取り扱うことが国際社会の共通理念としてほぼ確立されたと言ってよいのである。我が国においても各種社会保障立法の国籍条項が順次撤廃されてきたことからも分かるとおり、少なくとも原告のような定住外国人に関する限り、むしろ社会保障は所在地国の責任であることがもはや動かし難い「国際間の基本原理」となっているのである。以上よりこの点の被告の主張も、国籍による別異取扱いの正当理由となりえない。
(5) 被告は、「援護法に係る立法政策の合理性を評価するに当たっては、当該外国人の処遇につきその外国人の帰属と日本国との間で交渉が行われるがい然性をも勘案できる」とし、平和条約四条aが、日本国といわゆる分離独立地域との間の財産・請求権の問題は、日本国と現にこれらの地域の施政を行っている当局との間の「特別取極」の主題とする旨規定していることから、戦争被害の補償に関する問題が「特別取極」の主題となるがい然性のあることを考慮して国籍要件を設けたとしても、不合理とは言えない旨主張している。
しかし、まず第一に、戦争被害の補償に関する問題が「特別取極」の主題となるがい然性があれば何故国籍要件の正当理由となり得るかが全く不明である。例えば、外国人に対し、当該外国人の帰属国との外交交渉に基づいて他の条約又は立法を行うことによって、自国民に対する補償、救済と同等の補償、救済を行うのであれば、外国人にも実質的に不利益は生じないから、不合理な差別はないとの理由になり得るかもしれない。しかしながら、日本は援護法制定当時、いまだ韓国・朝鮮との間でかかる外交交渉、別異の条約締結、立法等の措置をとっていないのであるから、例えそのような立法措置等をとる「がい然性」があったとしても、そのがい然性のみによって差別を正当化することはできない。
仮に、他の条約又は立法によって同等の補償を行うことが予定されていたとしても、援護法制定と同時にそれを行うことができないのであれば、条約締結、立法制定までの「当分の間」援護法を適用するとの規定こそ援護法に設けるべきだったのである。さもなくば、その「当分の間」韓国・朝鮮人であるがゆえに日本国民が受けるべき補償を一切受け得ないという「特別の不利益」を強いられることになるからである。
次に、被告の主張するがい然性が極めてあやふやなものであるという点である。被告の主張するがい然性の根拠は、平和条約四条aが、日本国といわゆる分離独立地域との間の財産・請求権の問題は、日本国と現にこれらの地域の施政を行っている当局との間の特別取極の主題とする旨規定しているとの一点である。しかし、右規定は極めて抽象的かつ一般的な規定であり、右規定にいう財産や請求権が具体的に何を指しているのか、どのような範囲の問題が特別取極の主題とされるかは全く明らかになっていないのである。したがって、このような抽象的な規定のみによっては、少なくとも援護法による援護のような日本国と一定の身分関係を有する軍人軍属の公務上の犠牲に対する補償の問題が外交交渉の主題の一項目とされる、とのがい然性は導き出されないのである。言い換えるならば、右規定を見ても、将来の外交交渉によって援護法の援護の対象から外国人を排除したことによる差別状態が解消されることが予定されているとは到底読み取ることができないのである。そして、実際上も援護法や恩給法のような公務上の犠牲に対する補償の問題は、外交交渉の主題とされることなく放置され、今日に至っているのである。このようにみてくると、被告の主張は、援護法による差別状態の解消を何ら予定していない単なる戦争被害一般についての外交交渉が行われるとの一事をもって、国籍要件による差別を合理化しようとするものであり、このような主張が正当理由となり得ないことは明らかである。
(6) 仮に、合理的期間内に外交交渉が持たれ、外国人に対しても日本人と同等の補償をなす条約ないし立法がなされる現実的可能性が援護法制定当時に存在していたと仮定した場合でも、右合理的期間経過後、何らの外交交渉も条約締結もなされなかった場合、少なくともその時点で右合理性を支える立法事実が失われることは明らかである。
そして、原告を含む在日外国人を別個に救済する条約、立法は今日に至るまで制定されていない。今日既に、右条約、立法をなすに必要な合理的期間が経過していることは明白であるから、憲法一四条違反は免れないのである。更に言えば、少なくとも、在日韓国人に対して別個の条約、立法による補償の可能性が失われた日韓請求権協定締結以後においては、援護法の国籍要件は不合理な差別というべきである。
(被告厚生大臣の主張)
戦争は国の存亡に係わる非常事態であり、国民の全てが多かれ少なかれその生命・身体・財産について犠牲ないし損害を余儀なくされるのであって、これらの犠牲は国民がやむを得ず等しく受忍しなければならないところ、本件において原告が主張する戦傷も、右の戦争犠牲ないし戦争損害に該当する。こうした戦争犠牲者ないし戦争損害に対して、いかなる範囲、程度の補償をするかは、国の高度に政策的な判断を要する問題であり、立法府の裁量を尊重すべき分野である。したがって、戸籍条項の合理性については、右の点を前提として検討されなければならない。なお、戸籍条項の合理性は、国籍条項と軌を一にして論じられるべきであるから、国籍条項と戸籍条項とを併せた国籍要件の合理性について主張する。
(1) 憲法一四条は、絶対的な法の下の平等を保障したものではなく、法規の制定又はその適用において異なる取扱いがされたとしても、その差別が一般社会観念上合理的な根拠に基づいて必要と認められるものである場合には、同条に違反しない。そして、戦争被害に対する補償や救済のための措置は、国の立法と法律の施行に委ねられており、これらについては当局の裁量権があるわけであるから、それが著しく合理性を欠き、裁量の範囲を逸脱していると見られる場合を除いては補償、救済の対象者、内容等の面で差等を生じても、憲法一四条違反の問題は生じない。
また、戦争犠牲ないし戦争損害は、国の存亡に係わる非常事態の下では、国民の等しく受忍しなければならなかったものであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところというべきであり、右のような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては単に政策的見地からの配慮が考えられるにすぎないものと解すべきである(最高裁平成四年四月二八日第三小法廷判決、昭和四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁参照)。
(2) さらに、憲法一四条が直ちにすべての面に亘って外国人を日本国民と同様に取り扱うべきことを要請しているとまでみることはできないのであって、現下の世界体制が未だ国家という単位を法的、経済的、社会的体制の基礎においている以上、外国人の当該国家に対する関係はその一般国民の国家に対する関係が全面的且つ恒久的な結合関係であるのとは本質的に相違し、外国人に対しすべての面に亘って一般国民と同等に取り扱われるべきことを要請されているものとみることはできない。
(3) 援護法は、国家補償の精神に基づき、軍人軍属等の一定の戦争犠牲に関して援護を行うことを目的とするものである。すなわち、終戦当時までは、軍人や文官が公務上負傷し又は疾病にかかり、これにより障害の状態となり又は死亡した場合には、恩給法による傷病恩給や公務扶助料が支給されていた。しかし、終戦後、連合国最高司令官の指示に基づき出された「恩給法ノ特例ニ関スル件」(昭和二一年勅令第六八号)により、重度の戦傷病者に対する恩給を除き、軍人恩給の廃止・制限の措置が採られた。その後、我が国の主権の回復が迫ってくると、戦傷病者及び戦没者の遺族の処遇問題について議論が高まり、恩給の廃止・制限を受けていた軍人等に対し国家補償の精神に基づいた援護を行うため、援護法が恩給法に準拠して制定されたものである(昭和二七年四月二五日成立、同月三〇日公布)。そして、元日本軍人軍属の戦死傷は戦争被害の一種であるから、右(1)及び(2)の観点からすれば、援護法において、戦争損害に対する補償や救済のための措置を外国人に及ぼさないとしていることには十分な理由がある。
(4) また、援護法による援護には、老齢、障害又は死亡等の事由が生じた場合に、軍人軍属等本人又はその遺族を援助するという社会保障的な側面もある。しかし、現下の世界体制の下における国家とその国民との関係は前記のとおりであるから、必然的に「現世の世界の実状においては、各自に対し、生活の保障ないし援助をするのは、それぞれの国民の所属する国家の責任においてなされることが国際間の基本原理となっている。したがって、生活の保障ないし援助という観点からしても、援護法に国籍要件を設けることには十分合理性がある。
(5) ちなみに、「わが国の戦争被害に関する他の補償立法は、補償対象者を日本国籍を有する者に限定し、日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定めているのが通例であるが(援護法一一条二号及び三号、一四条一項二号、二四条、三一条一項二号、戦傷病者特別援護法四条三項、六条一項等)、原爆医療法があえてこの種の規定を設けず、外国人に対しても同法を適用することとしているのは、被爆による健康上の障害の特異性と重大性のゆえに、その救済について内外人を区別すべきではないとしたもの」(最高裁昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四三五頁参照)との判決があり、その判決は、外国人に対して原爆医療法が適用されることを例外的な立法と考え、その前提として、援護法等の戦争被害に対する補償立法が国籍要件を設けることの合憲性を是認していると理解することができる。そうすると、援護法所定の国籍要件が、著しく合理性を欠き、立法府の裁量権を逸脱しているとは到底いえない。
(6) なお、援護法に係る立法政策の合理性を評価するに当たっては、当該外国人の処遇につきその外国人の帰属国と日本国との間で交渉が行われるがい然性をも考慮することができる。例えば、平和条約四条aは、日本国と同条約二条に掲げる地域(いわゆる分離独立地域)との間の財産・請求権の問題は、日本国と現にこれらの地域の施政を行っている当局との間の「特別取極」の主題とする旨規定している。同条項は、我が国のいわゆる分離独立地域の住民の戦争被害につき補償をする趣旨ではないが、立法府が援護法の立法に際して、かかる補償に関する問題が「特別取極」の主題となるがい然性のあることを考慮して国籍要件を設けたとしても、このことをもって不合理ということはできない。
(三) 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第六号)(以下「A規約」という。)及びB規約に違反するか。
(原告の主張)
(1) A規約二条は、社会保障についてすら、内外人平等の権利付与を保障している。しかも、無差別禁止を定めたA規約二条については、単なるプログラム規定に止まらず、自力執行力(何らの立法措置を経ずに直ちに国内的効力を有し、裁判所における裁判規範としての効力を有するもの)が認められる規定であるというのが定説とされているところである。特に国民年金に関して、当初国籍要件を設けていた国民年金法は、一九八一年の日本国政府の難民の地位に関する条約等への加入に伴い、整備法による改正を経て、右国籍要件を撤廃しており、社会保障制度における国籍要件は、同制度の根幹に関わるものではないことが明らかになっている。とすれば、援護法の国家補償的性格に鑑みれば、本来国籍如何を問わず補償されなければならないことは既に述べたとおりであり、援護法の前記国籍条項及び戸籍条項は何らの合理性もない以上、国際人権規約A規約に違反する。
(2) また、B規約二六条は、法の下の平等を規定しており、B規約については自由権に関するものとして全体が自力執行力を認められることもまた定説である。そして、国連規約人権委員会の一般的意見によれば、同条はB規約に規定する権利のみならずB規約以外の国連条約に関する権利に対しても適用されると解釈されており、国家から補償を受けるという権利もその適用の対象となるし、かつ同条の「国民的出身」には国籍も含むと解釈されている。さらに、援護法附則二項の戸籍条項は、原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍、韓国籍)を同法による補償から排除するために敢えて設けられた条項であり、前述のように援護法の前記国籍条項が何等の合理性も有しないものである以上、右各条項は国際人権規約B規約に違反し、無効である。
(3) B規約二六条については、いわゆるセネガルケースに関して国連規約人権委員会の見解が既に存するところであり、本件と極めて類似したケースの先例として援護法の条項を解釈する基準たりうるものである。同委員会は一九八九年四月に「国籍の変更それ自体によって、異なる取扱いが十分に正当化されるとみなすことはできない。なぜなら、フランス人退役軍人とゲイエが同じように提供した役務こそが年金支給の根拠だからである」と明確に判断している。
(被告厚生大臣の主張)
A規約及びB規約の定める平等原則も憲法一四条と同趣旨のものであって、内外人の取扱いについて合理的な差異を設けることまで否定しているわけではなく、援護法の国籍要件は、前述のように合理的なものであるから、A規約及びB規約には違反しない。
第三証拠 <証拠略>
第四争点に対する判断
一 損害賠償請求の可否(被告国に対して)
1 国際慣習法違反に基づく請求
原告の主張する国際慣習法としての人道に対する罪の存在について検討する。
まず、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例六条及び極東国際軍事裁判所条例五条は、「人道に対する罪」として、一定の犯罪構成要件を規定しているが、これは、同罪に該当する行為があったときには、行為者個人の国際刑事責任が追及されるという効果を有するにすぎず、その行為者個人の所属する国家に対して民事責任を負わせるものではないと解される。また、ハーグ条約は、「前記規則ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ、損害アルトキハ、之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス。」と規定し(三条)、交戦当事者の損害賠償責任を明示するものであるが、これも、交戦当事国の間の国家責任を明らかにしたものにすぎず、国が交戦当事国の被害者個人に対して直接損害賠償責任を負う趣旨とは解されない。
ところで、国際慣習法とは、「法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」(国際司法裁判所規程三八条)をいうと解すべきところ、これが成立するためには、諸国家の行為の積み重ねを通じて一定の国際慣行(一般慣行)が成立していること及びそれを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在することが必要である。
そこで、原告が主張する国際慣習法の存否についてみるに、ハーグ条約がその根拠となり得ないことは前記のとおりであり、本件行為当時、国家が国際人権法や国際人道法上の義務に違反して他国民の人権を侵害した場合に、被害者個人に対して直接損害賠償の責任を負うとの一般慣行が成立し、かつ、その旨の法的確信が存在していたとは認められない。
したがって、原告が主張する国際慣習法は本件行為当時成立していなかったのであるから、国際慣習法違反に基づく原告の請求は理由がない。
2 民法七〇九条に基づく請求
原告は、被告国の強制徴用行為は、国内法的にも違法であるから民法七〇九条の不法行為に該当し被告国は原告の損害を賠償する義務を負うと主張する。
しかし、国家賠償法(昭和二二年一〇月二七日公布・施行)の施行前においては、一般的に国に損害賠償責任を認める法令上の根拠はなく、明治憲法下においては、国の公法上の行為のうち権力的作用による個人の損害については私法が適用されず、国が責任を負わないという国家無責任(無答責)の法理が妥当するとされていた。すなわち、権力的作用によって個人の損害が発生したとしても、民法の適用はなく、一般的に国の損害賠償責任を認めた法律もなかったことから、その損害について国の賠償責任を認めることはできなかったのである。この結論は大審院が一貫して判示してきたところである(大審院昭和一六年二月二七日第一民事部判決・大審院民事裁判例集二〇巻上一一八頁参照)。そして、当裁判所も当時の法令の解釈としては右大審院の判示を正当とするものである(最高裁昭和二五年四月一一日第三小法廷判決・集民三号二二五頁参照)。
そして、明治憲法下においては、行政裁判所においても、「損害要償ノ訴訟」を受理できないものとされ(行政裁判法一六条)、国家の賠償責任を肯定すべき根拠法令がなかったのであるから、国家賠償法附則六項の「この法律施行前の行為に基づく損害については、なお、従前の例による。」との経過規定に照らせば、現時点における解釈としても、本件各行為当時においては、民法七〇九条の規定によって、国がその権力的作用による損害について私人に対して損害賠償責任を負担するとの解釈を採用することはできない。そして、原告は、国民徴用令に基づいて行われた強制というのであるから、その強制は、国の権力的作用として行われたものである。
よって、民法七〇九条による不法行為の主張は、その違法性について判断するまでもなく、理由がない。
3 国家賠償法に基づく請求(立法不作為の違法)
原告は、被告国は、原告を含む在日朝鮮人(朝鮮籍・韓国籍)に対しても日本国籍を有する者と同一の内容の援護のための立法措置を講じた上、具体的に補償をなす義務が存したにもかかわらず、これを五〇年の長きにわたって放置したとして(争点1(三)原告の主張(1))、また、援護法附則二項は憲法一四条に違反することが明白であるにもかかわらず、差別状態解消のための立法をなす義務が存したとして(争点1(三)原告の主張(2))その立法不作為の違法を主張する。
まず、補償をなす義務が存するかどうかであるが、憲法には、原告を含む在日韓国・朝鮮人については戦後補償の立法を行うことを命ずる規定は存せず、また、戦争犠牲ないし戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態下におけるものであって、これに対する補償は憲法の全く予想しなかったところというべきであり、したがって、右のような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては単に政策的見地からの配慮が考えられるにすぎないもの、すなわち、その補償のために適宜の立法措置を講ずるか否かの判断は国会の裁量的権限に委ねられるものと解すべきである(最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁、最高裁昭和六二年六月二六日第二小法廷判決参照)。
次に援護法附則二項が、憲法一四条に違反するかどうかであるが、この点については後述(二2)のとおり憲法一四条に違反するものといえない。
そして、国会がいつ、いかなる立法をなすべきか、あるいは立法しないかの判断は、国会の裁量に属するのであって、仮に国会議員の立法不作為又は内閣の法律案の不提出が国家賠償法上違法であると評価される場合があるとしても、憲法の一義的な文言に違反している場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である(最高裁昭和六二年六月二六日第二小法廷判決参照)。
そうすると、原告主張の立法不作為について、前示の例外的場合に当たる余地はないものというべきであるから、結局、右立法不作為は、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではない。
したがって、国家賠償法に基づく請求は理由がない。
二 援護法附則二項の効力の有無(被告厚生大臣に対して)
1 戸籍条項は失効したか
(一) 援護法の制定経緯について
第二次世界大戦の終戦当時までは、軍人や文官が公務上負傷し、又は疾病にかかり、これによって障害の状態となり又は死亡したときには、恩給法による傷病恩給、公務扶助料等が支給されていた。しかし、終戦後、連合軍の占領下において、連合国最高司令官の指示に基づき出された「恩給法ノ特例ニ関スル件」(昭和二一年勅令第六八号)によって、重度の戦傷病者に対する恩給を除き、軍人恩給は廃止の措置が採られた。
しかし、その後、日本の主権の回復が迫ってくると、戦傷病者及び戦没者の遺族の処遇問題について議論が高まり、恩給の廃止を受けていた軍人に対するほか、軍属等に対しても国家補償の精神に基づいた援護を行うため、援護法が恩給法に準拠して制定された。
援護法の国籍条項は、恩給法にならい、給付を日本国籍を有する者に行うとの立法政策の下に設けられたものである(<証拠略>)。そして、援護法が国会で可決され成立したのは、昭和二七年四月二五日であり、公布施行は、同月三〇日であったが、その適用については同月一日に遡及することとされた。こうして、援護法七条一項の障害年金は、昭和二七年四月一日分から支払われることになった。ところが、分離独立地域である台湾、朝鮮半島出身者の国籍喪失時点については必ずしも明らかでなかったため、これらの者に対して援護法の適用がないことを明らかにする趣旨で戸籍条項が設けられた。これにより、これらの者に対しては、国籍喪失が昭和二七年四月一日より後であっても、給付されないこととなった。
(二) 戸籍条項と平和条約との関係(朝鮮人及び台湾人に対する補償を援護法附則二項によりしないこととした理由)
平和条約四条aは、日本国と同条約二条に掲げる地域(韓国、朝鮮を含むいわゆる分離独立地域)との間の財産・請求権等の問題は、日本国と現にこれらの地域の施政を行っている当局との間の「特別取極」の主題とする旨規定している。また、援護法制定に先立つ昭和二六年一〇月二〇日、日韓予備会談が開始され、同二七年二月一五日から第一次会談が開かれ、請求権問題が話し合われたこと(<証拠略>)、援護法制定時の法案説明資料(<証拠略>)の一一条二号の説明において、「日本の国籍を有しない者を除外しているのは、(中略)思想としては、外国人に対しては、賠償問題として考慮すべきすじであろう。」とされていることをも併せ考えると、戸籍条項及び国籍条項を設け、分離独立地域出身者を援護法の適用外としたのは、右賠償に関する問題が二国間協議による「特別取極」の主題となり、両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと考えられる。なお、片岡文重参議院議員の昭和三二年四月一日付け質問趣旨書(<証拠略>)に対し、当時の岸信介内閣総理大臣は、「恩給法又は戦傷戦傷病者戦没者遺族等援護法によってこの問題を解決することは不適当であり、結局日韓、日中両政府間における問題として他の請求権の問題と関連して考慮せざるを得ないのではないかと考えている。」との答弁書(<証拠略>)を提出している。
(三) 援護法附則二項(戸籍条項)の「当分の間」の意味
援護法附則二項(戸籍条項)は、「戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」と規定している。
そもそも、「当分の間」という法令上の文言は、一般に、別途、当該法令の改廃等の立法措置が講じられない限り当該法令が継続して効力を有するという趣旨のものであり、将来の具体的事柄の発生を予想してその時点までに限って法令の効力を維持させる趣旨のものではない(最高裁昭和二四年四月六日判決・刑集三巻四号四五六頁参照)。したがって、争点2(一)原告の主張(1)、(4)は採用できない。
また、右(一)、(二)の援護法の立法経緯等にも照らしても、戸籍条項に「当分の間」との文言が入れられたのは、一つには、朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者に対する戦争被害の補償に関しては、これらの国との外交交渉による特別取極が予定されていたことにもよるけれども、それ以外に、援護法の立案中や国会審議中には、そもそも日本国との平和条約がいつ発効するか不分明であったし、また、朝鮮半島、台湾等旧植民地出身者の日本国籍喪失の有無及びその時期も明らかではなかったこと等の事情にもより、これら種々の不確定要素を勘案して、旧植民地出身者を援護法の適用対象外とすることを明確にするため、当時既に同様の趣旨で規定されていた公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)の附則二項(現行の同附則三項)、地方自治法(昭和二二年法律第六七号)の附則二〇条一項等の例に倣い、前記のとおりの戸籍条項が設けられたものであると考えられる。したがって、立法経緯からしても、「当分の間」というのは、将来の特定の事柄の発生を予定してそれまでに限る趣旨で規定されたものではないことが明らかである。
原告は、「当分の間」とは、旧植民地各国と日本政府との協議により何らかの取極がなされ問題の解決が図られるまでと解されるところ、日韓請求権・経済協力協定において、原告ら在日韓国人の戦傷者は、その協定における「完全かつ最終的な解決」から除外され、その後も日韓での協議、取極による解決が図られる可能性がなくなったのであるから、援護法制定時に「当分の間」として暫定的に設けられた期間は右協定の調印により終了し、それ以後戸籍条項はその効力を失った旨主張する(争点2(一)原告の主張(2))。
しかしながら、右(一)、(二)に照らすと、原告の主張は前提を異にしており、採用することはできない。
また、原告は、公職選挙法や地方自治法等の各法令とでは、その制定時期、場面が全く異なる上、規定の仕方や解釈が異なり、援護法とは関係がないと主張するが(争点2(一)原告の主張(3))、前記認定にかかる「当分の間」の通常の意味、内容及び立法経緯から明らかなごとく、戸籍法の適用を受けない者を除外する方法として「当分の間」との文言が用いられたものであるから、その限度で関係がないとはいえず、右主張の批判は当たらない。
2 戸籍条項は憲法一四条に違反するか。
(一) 憲法一四条一項は、法の下の平等を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない。
また、援護法による補償を受ける権利の性質であるが、第四の一の3で前述したとおり、そもそも戦争犠牲ないし戦争損害に対しては単に政策的見地からの配慮が考えられるものにすぎず、国会の裁量に委ねられているものである。したがって、立法府が、法規を制定するに当たり、その政策的、技術的判断に基づき、各人に存する種々の事実上の差異又は事柄の性質の差異を理由としてその取扱いに区別を設けることは、それが裁量の範囲の逸脱とみられないかぎり不合理とはならないと解される。ところで、右1(2)で述べたとおり、韓国人である軍人軍属が援護法の適用から除外されたのは、韓国人の請求権の処理は日本国と韓国政府との特別取極の主題とされたことから、韓国人である軍人軍属に対する補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと解されるのであり、そのことには十分な合理的根拠があるものというべきである。したがって、本件戸籍条項により、日本の国籍を有する軍人軍属と韓国人である軍人軍属との間に差異が生じているとしても、それは右のような根拠に基づくものである以上、本件戸籍条項は、憲法一四条に反するものとはいえない(最高裁平成四年四月二八日第三小法廷判決参照)。
(二) ところで、平和条約四条aにいう特別取極の一つに相当するものとして韓国政府と日本国政府の間では、日韓請求権協定が締結された。そして、日本国政府としては、以下のように理解していることが認められる。
『韓国との二国間協議について、韓国は、その対日請求権要綱の中で、「戦争による被徴用者の被害に対する補償」も挙げていたのであり(<証拠略>)、日本国と韓国との間で、数次にわたる交渉の末、かかる問題も含めて日韓両国及びその国民の間の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権の問題は、平和条約第四条aに規定されるものも含めて、昭和四〇年六月、日韓請求権・経済協力協定の成立により、完全かつ最終的に解決した(同協定二条一項・同協定についての合意された議事録2g<証拠略>)。
また、同協定二条aは、一九四七年八月一五日から協定の署名の日である一九六五年六月二二日までの間に、日本国に居住したことのある韓国人の「財産、権利及び利益」については、同条の規定が影響を及ぼすものではない旨規定しているが、ここでいう「財産、権利及び利益」とは、同協定についての合意された議事録2aからも明らかなとおり、「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」(<証拠略>)に限定されている。しかるに、軍人及び軍属等に対する援護法による援護については、昭和二七年に成立した際に、日本国籍を有する者にだけ障害年金を支給することとして戸籍条項及び国籍条項が設けられたのであるから、およそ右に該当しない軍人及び軍属等に対する援護は国内法上の根拠を欠き、右「実体的権利」に該当する余地はない、したがって、一九四七年八月一五日から協定の署名の日である一九六五年六月二三日までの間に我が国に居住したことのある韓国人に関するものであっても、軍人及び軍属等の援護法による援護の問題は、同協定二条一項に規定されているとおり、完全かつ最終的に解決済みである(<証拠略>)。』
一方、韓国においては、請求権資金の運用及び管理に関する法律、対日民間請求権申告に関する法律、対日民間請求権補償に関する法律等が制定され、韓国政府が、同協定の経済協力により導入された資金等により、韓国国民が有する日本国政府が発行した有価証券や日本国政府に対する各種債権、日本国により軍人、軍属又は労務者として招集又は徴用され、終戦前に死亡した者の請求権等の日本国に対する民間請求権の補償をしたが、これらの補償対象者から在日韓国人は除外されている。
しかしながら、援護法附則二項は、朝鮮半島出身者等に対する補償問題について関係二国間の特別取極による解決が図られるまでの間一時的に朝鮮半島出身者等への援護法の適用を排除するために設けられたものではなく、援護法自体によっては朝鮮半島出身者等に対する補償は行わないとの立法政策に基づいて国籍条項と相俟って設けられたものであり、右のような現実ゆえに本件戸籍条項が違憲となるべき理由はなく、右のような現実を考慮して、我が国が韓国人である軍人軍属に対していかなる措置を講ずべきかは、立法政策に属する問題というべきである。
もっとも、原告は、援護法の立法趣旨が国と一定の関係にある者に対して補償をするものであるとして国籍の有無は関係がないと主張する(争点2(二)原告の主張(1))。しかし、援護法が、右立法趣旨を有するとしても、その補償は、戦争犠牲及び戦争損害に対する補償であり、それらの朝鮮半島出身者等に対する補償については、前述のとおり、両国間の外交交渉により解決されることが予定されていたのである。そして、そのことから、援護法自体としては補償しないとの立法政策が採られたものであるから、援護法として差異を設けることはやはり合理的というべきである。よって、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、B規約二六条の解釈が、憲法一四条の解釈に反映され、B規約二六条に違反する戸籍条項は、憲法一四条に違反すると主張するが(争点2(二)原告の主張(2))、後述するように、B規約の定める平等原則は、憲法一四条と同趣旨と解されるからこの主張も理由がない。
(三) 次に原告は、被告らの主張する立法裁量論(戦争被害の特殊性)及び援護法の援護の社会保障的側面について、それ自体が援護法の戸籍要件の合理性を基礎付けるものではないと批判している(争点2の(二)原告の主張(3)、(4))。しかし、戦争犠牲ないし戦争損害に対して、その補償のために適宜の立法措置を講ずるか否かの判断は立法裁量によることは前述のとおりであり、それが、合理性の判断基準に影響を及ぼすことも前述のとおりであるから、その点に関する原告の主張は採用しない。また、合理性の根拠についても、右2(一)に述べたとおり、援護法の戸籍要件の合理性は、韓国人の請求権の処理が日本国と韓国政府との特別取極の主題とされたことから、韓国人である軍人軍属に対する補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものであるから、右批判は当たらない。
(四) さらに原告は、被告が合理性の根拠としてあげる戦争被害の補償に関する問題が、「特別取極」の主題となるがい然性だけでは合理性を有しない、また、援護法の対象外としながら、現在でも他に何らの補償をしていないのであるから、不合理であると主張する(争点2(二)原告の主張(5)、(6))。
しかしながら、前述のとおり、そもそも援護法附則二項は、朝鮮半島出身者等に対する補償問題について関係二国間の特別取極にゆだねることを考慮した結果、援護法自体によっては、朝鮮半島出身者等に対する補償は行わないとの立法政策をとったものである。すなわち、その合理性は特別取極により日本国籍を有するものと同等の補償がされるために基礎付けられたものではなく、また、右特別取極による解決が図られるまでの間一時的に朝鮮半島出身者等への援護法の適用を排除するために設けられたものでもない。
したがって、右の特別取極に相当する日韓請求権協定が締結された後、別途他の補償立法措置をとらない場合でも、そのことから当然に援護法附則二項を廃止して援護法を適用すべきであるということにはならないのであって、なお、援護法附則二項を存続させたとしても、そのような立法政策を採ったことの当否はともかく、そのこと故に、日韓請求権協定締結以後当然に本件附則が不合理になるということはできない。以上より、原告の右主張はいずれも採用できない。
3 A規約、B規約に違反するか。
(一) 原告は、援護法附則二項(戸籍要件)が、A規約二条、B規約二六条に違反する差別に該当すると主張する。
ところで、A規約二条二項は、A規約の権利についての差別取扱いを禁止し、B規約は、法の前の平等を規定するものであり、ともに、差別に該当するかどうかが問題になるが、原告は主にB規約二六条の問題として主張しているので、その点についてまず判断する。
B規約二六条は、「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等かつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と規定する。
この規定は、締約国の領域内にあり、かつ、その管轄下にあるすべての個人に対して(同規約二条)、法の下の平等を確保しようとするものである。そして、同条は、いかなる別異取扱いも許さないという趣旨ではなく、不合理な差別は許さないという趣旨であって、合理的な差別までは禁止していないものと解される。したがって、憲法一四条一項の規定と同趣旨であると考えられる。
そこで問題になるのは、その区別が合理的であるかどうかであるが、前記2のとおり、戦争被害の特殊性、日韓協定締結のいきさつ、経緯、内容に照らし、戦後補償立法における戸籍要件が不合理な差別を行うものということはできないから、右戸籍要件がB規約二六条に違反するということもできないと解される。そして、この解釈はA規約二条においても当てはまるものと考えられるので、同二条にも違反しない。よって、原告の主張(争点2(三)原告の主張(1)、(2))は採用しない。
(二) もっとも、原告は、B規約二六条について、いわゆるセネガルケースに関して国連規約人権委員会の見解が既に存するところであり(<証拠略>)、本件と類似したケースの先例として援護法の条項を解釈する基準となると主張する(争点2(三)原告の主張(3))。しかし、原告が引用するセネガルケースはかつてフランスの統治下にあり、フランス軍人として軍務に服し、フランス国内法において、軍務に対する補償としての性質を有する年金受給権を取得し、セネガルの独立後も平等の権利を認められていたセネガル人が、その後のフランス国内立法により年金の給付内容においてフランス人と差別されたという事案であり、本件とは給付の性質を異にする上、国籍により区別する理由、経過も異なるものであって、本件と事案を異にし、本件に適切とはいい難い。
三 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鏑本重明 末永雅之 小西洋)